天満・天神

ガラスアートと書がコラボレート_ガラス書

ガラス書

ガラス書とは

大阪ガラス発祥之地である「大阪天満」と、書の神様、菅原道真公が祀られる大阪天満宮。

ここ大阪で「ガラス」と「書」をコラボレートした「ガラス書」。

ガラス表面へは予め目粗し(サンドブラスト)処理を施します。

墨については、市販の墨を用意して頂き、硯へ水の代わりに「ガラス書」専用の「墨用液(ぼくようえき)」を垂らします。

市販の墨を「ガラス書」専用の「墨用液(ぼくようえき)」で溶き、文字や装飾を創作することを特徴とするガラス製品のことを総称して「ガラス書」と言います。書かれた文字や装飾が自然乾燥により定着することで、紙などに替わる新しい書画の表現形態として期待されています。

大阪ガラス発祥之地

大阪天満宮には、「ガラス発祥之地」として石碑が建立されています。

「宝暦年間(1751頃)長崎商人、幡磨屋清兵衛、天満天神鳥居前ニ工場ヲ設ケ、当時ノ玉屋ヲ開業、大阪ガラス商工業ノ始祖トナル」と記してあります。(昭和54年11月、大阪硝子製品共同組合建立)

ガラスの歴史については、大坂ガラスの製法、技術が江戸へも伝わり文政13年(1830)発行の「嬉遊笑覧」や当時の文献でも大阪ガラスが江戸ガラスの祖といわれているのは、加賀屋の皆川久兵衛と上総屋の在原留三郎で、江戸・日本橋通塩町で金属丸鏡と紐付眼鏡を製造、販売していた加賀屋は、文政年間(1818~1829)にガラス製造を計画して手代の文次郎(のち久兵衛に改名)を大阪に送り、幡磨屋から独立した和泉屋嘉兵衛のもとで数年間修行させ、江戸に帰ってガラス製造を行ったと伝えられています。

書の神様 菅原道真公

菅原道真すがわらのみちざねといえば、日本漢文学史上最高の詩人と謳われ、没後は「学問の神さま」として庶民の厚い信仰をあつめてきました。

3代続く学者の家に生まれた道真は、18歳という異例の若さで官吏養成の最高機関である大学寮の文章生もんじょうしょう(定員20名)に合格したあと、弱冠26歳で方略試という国家最高の論文試験に合格。33歳で文章博士となるほどの秀才でした。

また、江戸時代に広まった寺子屋では、主に読み、書き、そろばんを教えていました。そこで、天神さまは書道の神としても信仰を集めます。命日の2月25日、毎月の25日には、天神講が行われ、天神像を祭壇に掲げ、神酒、菓子、餅などを供え、書道の上達と学業成就を願ったといいます。実は、道真の墨跡そのものは伝わっていませんが、空海や和風書体の創始者とされる小野道風おののとうふうと並んで、「三筆さんぴつ」と呼ばれています。

845年(承和12年)6月25日誕生~903年(延喜3年)2月25日大宰府にて死す59歳。

三次元に造形されたガラスアート_ART

ガラス書 アート

立体的かつ透明感のある特性を活かし、光と奥行が創り出す、美の世界「新しい和文化」を表現します。

リサイクルガラスを利用したガラスアート_エコ

ガラス書 アート

「ビードベール」とは、ワイン瓶カレット・建築用板ガラスや窓ガラス・廃蛍光管カレットなどの各種廃棄ガラスを、大理石にも似たガラスとして再生し「ART」+「ECO」を実現したもので、従来の結晶化ガラスのような不透明さが無く、光の透明性に優れた素材で、照明やテーブルトップなどインテリアに、壁や床の装飾用建材として利用され始めている。「ガラス書」素材として利用しています。

ガラスで造形表現し、書で心を表現する_和文化

ガラス書 アート

日本人の癒し、「和文化」が 立体的に表現できる ガラスアートとして新しい伝統文化が 生まれました。

アルゴ株式会社

「ガラス書」を新しいブランド商品として販売しています。

TEL:06-4801-8288 大阪市北区天満橋3-3-5 天満インキュベーションラボ403内

pagetop